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52歳、取締役からまさかのリストラ。非正規雇用となった私を待っていたのは|転職体験談

転職前

BEFORE
職業
地質調査業
職種
営業・経理・取締役兼務
従業員規模
10名
年収
500万

転職後

AFTER
職業
住宅地図出版
職種
編集及び調査業務
従業員規模
30名
年収
250万

目次

まじめの一歩さんの転職ストーリー

1これまでの私

忙しくも、充実した日々

イメージ図:経営企画として働く男性

私の転職。それは2015年9月のことでした。

まさに青天の霹靂。

それまでの私は地質調査という、ちょっと変わった業種の会社に12年勤めておりました。

参考:「地質調査」の仕事について

項目 説明
概要 地質調査は、地球の構造や構成物質、地表や地下の状態を調査する分野です。これにより、土地の利用計画や建設プロジェクトの基盤情報を提供します。
目的 地質調査の主な目的は、地質構造の理解、地下水の評価、土壌や岩盤の特性分析、地震や地滑りなどのリスク評価などです。
主な業務内容
  • 地質のマッピングとサンプリング
  • ボーリング調査とサンプルの採取
  • 地質データの分析と報告書作成
  • 地震リスクや地滑りリスクの評価
  • 地下水資源の調査
主要な顧客 政府機関、建設会社、環境コンサルタント、エネルギー産業、不動産開発業者などが地質調査の主要な顧客です。

社員は社長も含めて10人足らずの小さな会社でしたが、創業して40年以上の県内では老舗の会社でした。

その年の初めには取締役も拝命し、営業、経理と会社の業務全般に関わり、忙しい日々を過ごしていました。

自ら経営企画を立て、それに伴う費用を想定し、また新事業立案と、まさに多忙の極みといえる状況でした。

プライベートでは子供はいませんでしたが、妻との時間を大切にしていました。

休日はドライブで美味しいお店を見つけては食事をしたりと、それなりの幸せを満喫することができていたと思います。

このまま定年まで勤めあげ、安寧の人生を全うするはずだったのです。

2転職のきっかけ

まさか自分がリストラされるなんて。

イメージ図:社長から解雇(リストラ)を受ける男性

そもそも私自身、自ら「転職をしよう」とはつゆにも思っていなかったのです。

ある日、突然社長から呼ばれ、「辞めてほしい」の一言。

理由を問うと、

社長

「お前のやり方では社員はついて行くことができない」


と言われました。

たしかに私のやり方は少し強引に物事を進めすぎるところはありましたが、退職を迫られるようなやり方をした覚えはありませんでした。

こんな時世です。少々強引にでもやらなければ売り上げはあげられません。

私自身が資金の切り盛りもしていましたから、当然のごとく必死の思いでした。

なぜそれが分からないのか…。

しかしながら、小さな会社なので社長が言えばそれは絶対です。

私は、到底納得できませんでしたが、退職するしかありませんでした。

3転職活動中

52歳の自分に、果たして働き口が見つかるのか。

イメージ図:東京の雑踏

会社を辞め、まずはハローワークで失業給付の手続きを始めることに。

それなりの収入を得ていましたので、当座の生活費は賄えました。

ただ、妻は3年前に乳がんを罹患したことがあり、定期的な検査や投薬は継続していたものですから、その医療費は馬鹿になりませんでした。

そこで、転職活動を始めることになったのですが、退職時私の年齢は52歳。正社員の仕事を望んでもそうそうあるとは思えませんでした。

事実、20社以上提出した履歴書はことごとく不採用の通知と共に返送されてきましたし、もはや不本意でも派遣かパートの仕事にシフトしていくしかないと思いました。

ある日「非正規であっても、とにかく働かないと」と手に取った就職情報誌に、「ここだったら、これまでの自分の経験も活かせるのでは」という求人を見つけられたのです。

そこは、住宅地図冊子を出版している会社でした。

早速応募して、面接です。するとその日のうちに採用の知らせが。

よし、やるぞ!私は仕事に就けることに心から安心を感じました。

4転職後

新しい職場で、待ち受けていた状況は。

イメージ図:和気あいあいとした職場

なにはともあれ、働かなければお金は稼げない。非正規の仕事の給料はどこも似たり寄ったりです。

だったら自分が好きで、楽しくできる仕事をしようと。

収入は以前に比べれば半分程度です。

でも、ここの仕事は自分にはとても合っていました。

これこそ自分が好きで、楽しくできる仕事、そう思えたのです。

私の新しい仕事は住宅地図出版の編集及び調査です。

具体的な業務は、各市区町村の住宅地図を更新する際に現地に行き、徒歩で名称や番地、道路の形状などを確認します。

訂正の際は原稿に直に手書きでやり、また一枚一枚の原稿ごとに調査をしていきます。

同じく調査をする同僚スタッフは、ミュージシャン経験者や元テレビタレントの付き人、大手寿司チェーン店の店長さんなどさまざま経験をしていた人たちで、キャラクターもユニークなメンバーばかりで、現場に着くまでの車中の会話もにぎやかです。

(この人たちは、本当に地図屋のメンツなのか!?)

最初のうち、私は信じられない気持ちで接していましたが、すぐに打ち解け、今までこんなに楽しく仕事をした経験はありませんでした。

5その後、どうなったか。

転職を振り返って、今思うこと。これから、目指したいこと。

イメージ図:これからのキャリアを歩む50代男性

私がこの転職活動で得た一番の収穫と言えば、自分の仕事や人生に対する接し方や考え方に大きな変化があったこと。

どんなにもがいても、与えられたもので人生をやっていくしかない。

苦しいことの連続の中で得た最大の気持ち、心持ちの変化です。

たしかに生活は厳しいです。

でも、そう思えるようになるとあくせくすることなく、気持ちには余裕を持てて、前向きになることができました。

そして思ったのです。

自分の気持ちが一番なのだと。

他人からどうみられようと自分が、自分と妻が納得していられるものならばそれでいいのだと。

私たち夫婦は結婚した時に「ハッピーのかけら」というキーワードをよく好んで言い合っていました。

地質調査の時代はそれどころではありません。

心に余裕なんてこれっぽっちもありませんでしたから。


この住宅地図出版パートの仕事だけでは収入がおぼつかず、私は副業としてポスティングをするようになりました。

ポスティングとは

ポスティングとは、広告・宣伝を目的として、ビラやチラシを、各個宅の郵便受けに直接投入すること。

電子化が進んでいる時代ではあるが、同時に高齢化が進む日本において再注目されている宣伝広告手法である。

この仕事なら、体さえ丈夫で健康であるならば一生働くことができると思い、住宅地図出版のパート社員での仕事が定年になった折に起業をしてみようと考えています。

資金はほぼゼロでできると思うし、単純ながらおもしろい。

元々パートの仕事も、歩くのが仕事です。

一日20,000歩、そんなとほうもない歩数を歩くのも当たり前の日常。

でも、歩くことが商売になるという、今のこのデジタルな世の中で意外なことから気づきを得ました。

絶対に実現させます。
そして楽しくトライです。

この夢は絶対に実現すると心に決めて、今は与えられたことを一生懸命にやり、自分のスキルとして蓄えていくつもりです。

参考:50代の転職支援に積極的な転職エージェント

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