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銀行営業として30年近く働いて、吸収合併を機に退職。その後は都市銀行の「嘱託組」に|転職体験談

転職前

BEFORE
職業
銀行
職種
営業(正社員)
従業員規模
約2,000人
年収
550万円

転職後

AFTER
職業
銀行
職種
営業(嘱託社員)
従業員規模
約30,000人
年収
450万円

目次

M.K.さんの転職ストーリー

1これまでの私

大学を卒業して以来、ずっと銀行で働いて。

イメージ図:大学を卒業して以来、ずっと銀行で働いて

大学卒業して就職してからかれこれ30年近く、地方銀行で働き続けていました。

20代の頃は0時までに家に帰れることはほぼなく、身を粉にして働いていました。30代でやっと、案件を任せて貰えるようになり、40代で部長代理になり、と私の中では順調なステップアップをしていました。

子供も3人授かり、休日や連休は家族で旅行やキャンプに行ってと、充実した毎日を過ごしていました。

私はどちらかというと真面目で堅物なところがあり、自分の思うところを押し通したいと思ってしまうタイプでした。
「自分と合わない人とは、最後まで合わない──」といった、今思い返すと難しい人間でした。

もっと柔軟であれば、仕事での立ち回りも上手くなっていたのかなと思います。
ですが、ずっと「金融畑で働いてきた」というプライドがなかなか曲げられない、そんな人間でした。

2転職のきっかけ

会社の合併後、自主退職することに。

イメージ図:会社の合併後、自主退職することに

50歳間近に転職を決断したのには、勤めていた銀行が吸収合併されることになったからです。

合併してからの賃金などはきっちりと明かされぬまま、吸収されると聞かされたのです。

「早期の自主退職を早めに決めると退職金が多めに貰える」との通達がありました。──つまり、残れば残る程給与は減るということでしょう。
そして、新しい銀行の立ち上がりに正直追いつく自信がありませんでした。

末の子供がまだ15歳で、これからまだまだお金が必要になることが分かっていました。そこで私は2回目の自主退職が募集されて際に退職し、退職金を貰うという判断をしました。

私以外にも同期の役職のないもののほぼすべてが辞めて、別の銀行や保険会社などへと移っていきました。

そんな状況でしたが、私はというと、この時はまだそれほど焦ってはいなかったです。

(退職金もあることだし、雇用保険で繋いで次の転職先をゆっくり探すとするか)

──と、そんな心づもりでした。

3転職中

転職活動は難航。そして、嘱託社員へ。

イメージ図:転職活動は難航し、嘱託社員として都市銀行へ。

やはり現実は、そう簡単には進まなかったです。

転職活動は精力的に進めてはいたのですが、年齢も年齢でしたので、面接に進んだとしてもなかなか色よい返事をもらえませんでした。

そんな折に、同時期に退職した同期の都市銀行の人事部への転職が決まりました。

その話をお酒の席で聞き羨んでいると、

かつての
同期

「君ならウチへ入れるよう声かけとくよ」

と、たまたま同席していた都市銀行勤務の人が誘ってくれたのです。

しかし、紹介されたポジションの条件は年収がかなり下がること、嘱託での雇用のため福利厚生が万全でないこと、賞与がないことなど不安点も多く、さすがに即決はためらわれました。

嘱託社員とは

明確な定義はありませんが、多くの場合は正社員と対比して「臨時で雇う等、雇用期間に制限のある社員」を指します。

その他にも散り散りになった同期達に声をかけたり、全く新しい業種への転職も考えましたが、どれもこの先ずっと働いていくには不安材料のある仕事先ばかりでした。

年収が100万円単位で減ることで、出てくる弊害はとても大きいものです。
ましてや当時は、毎月のローン返済や保険の掛け金、子供達の学費や塾の代金など、これから減る見込みのない支払いばかりに追われていました。

(このままじゃあ、大好きな旅行やキャンプに行けないどころの話ではない…私の人生は、もはや風前の灯火なのではないだろうか)

…本当に、そう感じていました。

そして結局、私は嘱託のお誘いを受け入れて入行し、法人営業部へ配属になりました。

4転職後

待っていたのは、業務ツールのデジタル化への適応・ネガティブな案件。

イメージ図:待っていたのは、業務ツールのデジタル化への適応・ネガティブな案件

以前も銀行だったので同じような仕事をしていましたが、その時は基本的に優良企業が多い案件を取り扱っていたので、仕事内容もエネルギッシュになれるものが多かったのです。

しかし、転職先ではネガティブな案件ばかり。
例えば、資金繰りのうまくいかなくなったお客様に保証協会への借り換えをお願いして回る日々だったりと、──正直、気に病む仕事ばかりでした。

また、地銀から都銀への転職ということもあって、都銀は業務で扱う機器類も最新でデジタル化も進んでおり、50歳手前の私にはなかなか追いつけないという負い目も感じてもいました。

これまでは紙ベースでの仕事が多かったのが、今やすべてがパソコン上のデータで転送・承認されます。ですが私は毎回のように転送ボタンを押し忘れて課長に、

課長

転送ボタン押してね(笑)

と言われることに、だんだんと嫌気がさしていました。

私のほかにも嘱託社員の方は何人かいましたが、そういった「嘱託組」は、何と言いますか、「おじいさんのかたまり」のような雰囲気で、なんとなく同じだと思われたくなくて。

私は彼らともなかなか打ち解けられずに、仕事の鬱憤を溜め込んでいました。

5転職を振り返って

自身の頑固さを見直す機会を得られました。

イメージ図:自身の頑固さを見直す機会を得られました。

残っていても、どうなるか分からない船からの脱出としては、退職金も多めに貰えたことですし良かったとは思います。
また、2人目の子供が私の銀行勤めを見ていたせいか、就職先を都市銀行に決め、バリバリと働き出したことを見ると、私の選択は間違っていなかったかなぁと思えるようになりました。

私は嘱託組とは相いれませんでしたが、彼らを見ていると、自分がどれだけ融通が利かない性格であるかを、改めて気づかされました。

今まで気付いてはいましたが、なかなか向き合えなかった自分の悪癖を見直すことができたことは、今回の転職における「最大の学び」になりました。

前職での私は、「言うことを聞かない頑固な部長代理」でした。

ですが、今は「言うことを聞いて、自分で考える柔軟さのある嘱託」という理想の姿に徐々に近づいている気がします。仕事への関わり方もゆっくりですが、変わってこれたと思います。

去年ようやく、末の子供が就職して、そしてローンも完済しました。
ですので、これからはゆっくりと自分のペースで働いていきたいです。

福利厚生で決まっている2ヵ月に1日のお休みを使いながら、のびのび生きていこう、と。
肩の荷がおりたので、これからは妻にきちんと恩返しをして、20代の頃に全く子育てに参加できなかった罪滅ぼしをしたいと思います。

これからのチャレンジとしては、嘱託の中で営業成績にランキングがつくので、上位に食い込めたらいいなと意気込んでいます。

また、子供とも銀行の話をできるようになったので、父親としての背中を見せられるように、仕事に誇りを持つことを伝えていけたらいいなと考えています

やはり仕事はしていないと張り合いがなく、どんどん内にこもってしまう気がします。

どんどん前に出て、いつまでもポジティブに人生を生きていきたいですね。

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