『みんなの転職「体験談」。』
『みんなの転職「体験談」。』

『みんなの転職「体験談」。』は、20~50代社会人男女の、 「転職したいけれど、迷いや不安で行動を踏み出せない」を 解決し、
より良い将来を目指した一歩を踏み出していける為の、 生々しい体験談情報やナレッジを提供するWebサービスです。

MENU

私の転職体験談:祖父の代からの中華料理店を継ぐか継がないか。「後悔しない選択」を目指して。

転職前

BEFORE
職業
飲食店
職種
料理長
従業員規模
2名
年収
800万円

転職後

AFTER
職業
印刷会社
職種
事務
従業員規模
20名
年収
600万円

目次

よっさんさんの転職ストーリー

おすすめの転職サービス リクルートエージェント doda X ハタラクティブ

1これまでの私

祖父の代から続く中華料理屋。父の入院で継ぐ決断をして

祖父の代から続く町中華の厨房で、50代男性が中華鍋を握りながら不安そうに店内を見つめるシーン。父の入院をきっかけに飲食店を継ぎ、母と二人で店を支える葛藤と責任感を描いた転職前の情景。

元々、祖父の代から中華料理屋をやっていて、父もそれを継いでやっていました。

町でも知られた老舗の中華屋として、たくさんのお客さんにも愛されていました。

私は大学を出て、サラリーマンになりました。

中華料理屋を継ぐことは嫌だったので、父親とケンカしてサラリーマンの道を選びました。

一人っ子だったので、父親も母親も悩んだと思います。

「これで、お祖父さんの代から続いた店が終わる」──きっとそんな風に思ったことでしょう。

私は、自分が料理をすることが嫌でしたし、カウンター越しに接客するというのも億劫に思っていました。

しかし、数年して父親が体を悪くして、厨房に立つのが大変になっていって。

たまに店によると、そこに父親はおらず、母親が一人で切り盛りしていました。

見ていて、(なんだか辛いな、)と思って、私は仕事の合間にお店を手伝うようになりました。

そして、父親が病床に伏し入院生活を余儀されなくなってからは、私は店を継ぐ決断をして、会社を辞めました。

2転職のきっかけ

「やりたいようにやれ」父の言葉で、店を閉じる決断をして

夕暮れの病室で、入院中の父親の手を握りながらうつむく50代男性の姿。三代続いた中華料理店を閉じる決断と、「やりたいようにやれ」という父の言葉を受け止める転職前の重要な場面。

しばらくの間、母親と一緒に店をやっていたのですが、なかなかうまくいきませんでした。

料理はなんとか頑張っても、接客もぎこちなく、そのうち「あの店は味が落ちた」という評判が広まりました。

悩みに悩みました。

両親を悲しませたくないという思いと、自分の人生をどう生きるかということがぶつかり合って、夜も眠れませんでした。

そんな時、入院していた父から、

父親

「悪かったな。お前の人生を変えてしまった。店のことは気にするな。たたんでもいいから、お前がやりたいようにやれ」

と言われました。

情けなかったですね。

父の思いにこたえることができなかった自分の不甲斐なさに、やりきれなさを感じました。

ですが、そうは言っても、「ではこれからもお店を続けられるのか」と言ったら、それは無理だろうと。
だって、祖父と父が提供してきた料理の品質には遠く及ばないことに、その頃には嫌と言うほど気づかされていたのです。

(これからの人生を悔いなく生きなければ──)

私はそう思いました。

ある尊敬している先輩に相談したところ、

先輩

「10年後に、ああ、これでよかったんだなと思えるような選択をすべきだ。後悔しないようにな」

とアドバイスしてくれました。

私は思い切って、店を閉じることにしました。

3転職中

40代半ばの転職、常連客の口コミで印刷会社に即採用されて

雨上がりの喫茶店で、履歴書入りの封筒を持った40代男性が常連客から求人情報を聞いている様子。中華料理店を閉じた後、口コミを頼りに印刷会社への転職先を探していた再出発のシーン。

店を閉じることにしたとはいえ、一度辞めた会社が拾ってくれるわけでもなく、40代半ばを過ぎてからの転職活動は大変でした。

まず歳を言うとハネられました。転職エージェントもいろいろ試しましたが、なかなか大変でした。

エージェントよりもむしろ、役に立ったのはクチコミのほうでした。

店にくるお客さんたちはとても親切な人ばかりで、自分が「店を閉じて転職するつもりだ」というと、

お客様

「あそこの会社が、今求人出しているよ」

とか

お客様

「ここの会社受けようと思ってるの?──うーん、勢いはあるけど、ブラック企業よりだよ」

とか、色々な情報をくれました。

そして、ある人が紹介してくれたのが、今の会社でした。

その会社は印刷会社で、業種的には大変なのですが、そこの会社は若い感覚の経営者に変わって、すごく伸びているとのことでした。

そこの経理とかをやってくれる人が欲しいとのことで、それなら、店でやっていたことが活きるかもと応募したところ、即、採用されました。

4転職後

接客で培ったコミュニケーション力が、経理職でも活きて

印刷会社の明るいオフィスで、50代男性が若手社員に資料を渡しながら笑顔で会話している場面。飲食店時代に培った接客力とコミュニケーション能力を活かし、経理職として新しい職場に溶け込む転職後の姿。

転職後の会社の環境は、幸運なことにとても良かったです。

社長も、ほかの経営陣、働く人々も気さくで、家族のような雰囲気でした。
中年で転職してきたペーペーの私のことも皆さん、敬意を表して接してくれて、良くしてくれました。

接客が嫌いといいながらも、店で培ったコミュニケーション能力が知らず知らずのうちに活きたようで、経理を中心としながら、営業の真似ごとのようなこともさせられて重宝されました。

嫌だな」「つらいな」と思ってやっていたことが、いつか活きることがあるんだなと思いました。

不運や不快なことはおかげさまでなかったですね。

あったのかもしれませんが、これまでつらく、迷いに迷った時期が長くあったからこそ、どんなことがあっても平然といられたのかもしれません。

むしろ、いろんなことに感謝できる自分がいました。

ワガママを許してくれた両親にも心から感謝しました。

5その後、どうなったか。

後悔しない選択を胸に、50歳前も新入社員の気持ちで

朝日が差し込むオフィスで、資格の参考書を開きながら窓の外を見つめる50代男性。中華料理店を閉じて印刷会社へ転職した経験を振り返り、「後悔しない選択」を胸に学び続ける現在の姿を描いたシーン。

先輩からアドバイスされた、「10年後に、ああ、これでよかったんだなと思えるような選択をすべきだ。後悔しないように」というのは、ずっと自分の中に残っています。

今回の転職の決断が本当に正しかったかどうかは、まだ分かりません。

三代続いた店を閉じるとなったときも、ゆくゆく後悔するのではないかと思ったのですが、(後悔する可能性があるのなら、後悔しないようにその後頑張ればいいじゃないか)と思い、私は決心しました。

どんなことになっても、未来は変えられる──今では、そう思っています。

現実を受け入れる賢さも必要だけど、現実を変えていこうというヤンチャさも大事ではないかと、この歳になって思います。

私が転職してしばらくしてから、父が他界しました。

後悔していることは、父にもっといろいろしてあげられたらということです。

どんな思いで亡くなったのだろうと。

──心配していただろうと思います。

しかし、今、私が頑張ることで父親にも喜んでもらえると思っています。


今現在も、50歳を前にして、新入社員のような気持ちで仕事をしています。

今後は、定年も70歳に伸びるとか、いろいろ言われていますが、いつまでもこの会社にいてほしいと言われるように頑張ろうと思っています。

そのために、仕事に必要な資格もとろうと挑戦しています。

大変厳しい印刷業界ですが、「厳しければ厳しいなりに、生き残る智恵を出していこう」という社長のメッセージ応えるため、自分も精進していこうと思います。

職場にも若い人も入ってきているので、そうした人たちの模範になれるように頑張りたいです。

それと、私のように転職をした人、転職を前に迷っている人も多いと思うので、その人たちのモデルケースになれたらいいと思っています。

よっさんさんの体験談のポイント

レビューを書く
1
2
3
4
5
送信
     
キャンセル

レビューを書く

レビューの平均:  
 0 レビュー
目次[ 閉じる ]