『みんなの転職「体験談」。』
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パワハラで転職した43歳経理職女性。外資→日系を渡り歩いた年収1000万の体験

転職前

BEFORE
職業
IT(外資系)
職種
経理
従業員規模
30名
年収
1,000万円

転職後

AFTER
職業
IT系
職種
経理
従業員規模
500名
年収
1,000万円

目次

ラウンド2さんの転職ストーリー

1これまでの私

年収1000万円でも孤独。外資経理職、話し相手ゼロの現実。

外資系IT企業の静かなオフィスで、43歳の女性経理職が月次決算書を前に一人で作業している。高年収ながら話し相手のいない職場で、孤独を抱えながら働く様子を描いた転職体験談のイラスト。

転職前の私は、IT関連の会社の経理を担当していました。

月次決算書を毎月作成し、米国の本社に報告し、日本人の社員には給与を支払う処理をしていました。

会社の人員体制は、私以外はほぼSE(システムエンジニア)。
SEではない私の話し相手になってくれる人はほとんど居ませんでした。

私の生きがいは、米国にいるボスを喜ばせること、そしてそのために仕事をこなすことでした。

会社の雰囲気は、針が落ちてもわかるような静かな、「非人間的」な環境でした。

仕事の関係でSEの人と話すことがありましたが、同じ言葉を使っていながら噛み合わないことを多く感じていました。

一方で残業はなく、お給料などの待遇面はとても良かったです。

家族構成は、高校生の子供と夫です。

家事もしなくてはいけませんでしたし、ワークライフバランスを取れる当時の仕事は、多少の人間関係の不満があったとしても続けていきたいと思っていました。

2転職のきっかけ

社長とのパワハラで転職を決意。43歳、我慢の限界。

社長から強い態度で説明を求められ、43歳の女性経理職が会議室で緊張した表情を見せている。パワハラに悩み、転職を決意する直前の精神的な限界を表したイラスト。

転職したい…」と思ってきたきっかけは、社長の態度が、パワハラ化してきたことです。

「社長」という役割は、事業のことだけでなく、財務、経理のことも把握しておかなくてはいけません。

当然、経費の精算やコンピューターの減価償却費の計上など、知っておかなければならないことは山ほどあります。

そして、それらを説明するのは私の役目でした。

ですが、社長はそれまでそんなことをやった経験がなく、

社長

「君の説明じゃまったく意味がわからない!もうちょっとわかりやすく説明しろ」

とか、

社長

「うるさい!今はそれどころじゃないんだ!」

といったことを言われることが、段々と多くなってきました。

どう説明すればいいのか悩んでも、相談するのは、米国の上司しかおらず、その上司が命令者なので、相談のしようがありません。

それでも色々考えました。
例えば、直接、社長に尋ねなくても済むような仕組みを創るであったり…。

でも、どれもうまく行きませんでした。

そのうち、(社長のわがままのために、こんなに苦労することに意味があるのだろうか)と、疑問に思うようになっていって。

経理は、他業種にも転職できる職種です。

もっと楽しい仕事につけないか」と考えはじめ、そして私は転職に踏み切りました。

3転職活動中

年収1000万円の経理スペシャリスト。転職活動は難航した。

夜の自宅で、43歳の女性経理スペシャリストが履歴書や求人資料を広げて転職活動に向き合っている。年収1000万円を維持した転職の難しさと、5か月続いた不安を描いたイラスト。

私は年齢の割にこれまでの転職回数が多く、そのせいか転職活動はスムーズには進みませんでした。

「せいぜい2ヵ月位だろう」と思っていましたが、結局5ヵ月もかかりました。

時期が悪かったので、応募先の数が少なかったのもあるかもしれません。
また、そもそも当時の会社に入ってからまだ1年しか経っていなかったので、早期の転職であることも好ましくないと思われたのでしょう。

転職エージェントは、以前もお世話になったコンサルタント2人に相談しました。
2人は別の会社で、紹介する案件が被ることはありませんでした。

遅々として転職活動が進まず、会社では、気まずいままでしたから、精神的に辛い日々でした。

でも、そんな時は、「今は我慢する時期だ」と心得て、仕事と転職活動以外のことをして気を紛らわせるようにしました。

4転職後

日系企業に転職した43歳。新しい職場で待ち受けていたもの。

日系企業のオフィスで、43歳の女性経理管理職が同僚の仕事を手伝いながら新しい人間関係を築いている。外資系企業から日系企業へ転職し、職場文化に適応していく様子を描いたイラスト。

ようやく決まった会社は、前職と同じ経理の管理職でした。

日系企業で、前職の会社とは異なって、会社の人間関係が濃密で、退社後には社員で飲みに行ったり、人を呼ぶ時には名字の下に肩書をつけるといった文化がありました。

最初はとても、戸惑いました。

特に驚いたのは、隣の人が残業していたら「帰りにくい」ということでした。

一言断っても、後でイヤミを言われるのです。正直、意味がわかりませんでした。

でも、「郷に入れば郷に従え」とも言いますし、何回か、帰り際に周りの人の仕事を手伝うようにしてみました。

すると不思議なもので、それをきっかけに「知り合い」になるというか、仲良くなる人が増えていったのです。

私の仕事も、手伝ってくれる人ができました。

仕事自体もしやすくなって、そして職場の居心地もまた、だんだんと良くなっていきました。

(これが日本的な経営なのだろうな)

と思いました。

5その後、どうなったか。

パワハラ転職から学んだこと。43歳経理職の今と本音。

窓辺でノートを開き、43歳の女性経理職が副業・投資・起業など将来の働き方を考えている。パワハラ転職を乗り越え、会社員人生の先を見据える姿を描いたイラスト。

転職をして、気付けて良かったことは、「精神的に強くいられれば、そうそう悪い結果にならないものだ」ということです。

辞めようと思っている会社に通い続け、それがいつまで続くか不明で、先がきまらない、見えない宙ぶらりんの状態は辛かったです。

ですが、「誰でも、いつも絶好調なら人生はつまらない」と考えて腹をくくることで、乗り越えられました。

残念に思えるのは、転職先を選べる自由度が減ってきたことに気付けなかったことです。

オファーは1社もらった時に決めてしまいましたが、待ってもよかったのかと思います。

でも、それは、転職が決まらない宙ぶらりんの状態を続けることにもなります。

精神的に鍛えて可能性にかけるか、確実な選択をするか、どちらが正解だったかは今になってもわかりません。


今後取り組みたいと考えていることは、「起業」です。

外資系企業に勤めていると、どうしても短期的な考えをするようになります。

親会社が海外にいて、その都合でいつ日本の会社が閉鎖されるかわからないからです。

また、給料も頭打ちですし、定年はせいぜいのびても60歳です。
その後20年以上も人生が残っていますし、いつまでも「会社人生」ではいけないと思っています。

会社に勤めなくても、最低限度の生活ができるような、収入が入ってくるように、副業、投資などをしようと思います。

未来像は、「いつまでも人に必要とされる人であること」です。

老後なんて言葉は考えたくありません。

また、新たに学びたいことも見つかりました。いつまでも学ぶ気持ちを失わないようにしたいと思います。

ラウンド2さんの体験談のポイント

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中長期的なキャリアプランを検討している・悩んでいる人にも、ヒュープロはおすすめです。

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