都市計画コンサルタントを20年続けたあと未経験で農業に転職|私の転職体験談
転職前
- 職業
- 都市開発コンサルタント
- 職種
- 技術コンサルタント
- 従業員規模
- 15名
- 年収
- 600万円
転職後
- 職業
- 農園経営
- 職種
- 農業
- 従業員規模
- 3名
- 年収
- 350万円
目次
ユーリさんの転職ストーリー
1これまでの私
在学中に結婚、そして子供が出来て、就職して。
学生結婚をして、妻にすぐ子供が出来まして。
一度は退学を決意しましたが同期の友人たちに止められ、大学の学部だけは出ました。
しかし、私の専攻(建築学部)では9割程度の人が大学院修士課程に進むので、大学のみで卒業した私は、いわば「落ちこぼれ」です。
3人の子供を育てるため(学生時代に生まれていたのは一人)、到底大学院進学は無理でした。
それが後々まで学歴コンプレックスとして残りました。
研究室の恩師の紹介で、私が入社した会社は都市計画コンサルタントをおこなう仕事でした。
正直、仕事内容は不本意に近いものでしたが、
- 私
-
(まあ、学部しか出ていないんじゃ仕方がないか…)
──そんな気持ちで勤務を続けました。
学生時代に将来したかったのは建築デザインでしたが、職場では都市計画をしていました。
なんにせよ、学生時代の夢は捨てがたいものがありました。
生きがいは、休日に仲間とする近代建築の見学会でした。
──ですが、その仲間とも、年を追うごとに疎遠になっていきました。
2転職のきっかけ
入社後、配属前研修が始まって──
だんだんと仕事が細り出していたことは感じていました。
特に、私が勤務していた技術コンサルタンツの主な顧客は地方都市の自治体でしたから、地方の衰退は深刻でした。
東京では新しい建物がどんどん建っていき、再開発も盛況ですが、地方に行くと今も駅前でさえ、人が昼間から歩いていなかったりします。
そうした地方都市で都市計画の業務が発注できなくなるのは、ある程度必然なのでしょう。
また、そうした状況は起きていても、
- 私
-
(うちの会社で今の状況を打開していくだけのエネルギーと発想は、きっと無いだろうな)
とも感じていました。
さりとて、自分にそれがあるかといえば、毎日の業務に追われ、たとえアイディアがあっても、それを実行に移す時間も気力もありませんでした。
結局自分は何者でもないという、やるせない思い、無力さも感じてまして。
そんな時、代表から
- 代表
-
「辞めてくれ」
と言われました。
3転職中
リストラを受け、打ちのめされていた孤独な日々。
不本意で入りながらも20年勤めた会社でしたから、辞めた直後は正直、何もする気になりませんでした。
また、私は友人が少なく、大学の仲間は卒業後の20年間でほとんど離れ離れになり、辞職に追い込まれたことを打ち明けられる友人は誰もいませんでした。
職場を通じて知り合った人は、正直言えば頼りにしていたところはあるのですが、いざ私が失職をすると、これまたみんな離れて行き、助けてくれた人は一人もいませんでした。
そうした状況で唯一私に助けの手を差し伸べてくれたのは、失業保険を受けに出向いたハローワークの窓口の方でした。
本当に親身になって対応してくれて。
当時を振り返っても、そのとき感じた「暖かい感情」は、今でも鮮明に思い出せます。
そして、そこで私は、窓口の方から「就農」という選択肢を提案されたのです。
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4転職後
「農業を始めよう」という想い。
ハローワークの窓口の方に教えてもらった、当時の「青年就農給付金制度」について、最初は余り興味は持ちませんでした。
それでも失業中の重い気持ちを紛らわせたくて、有機農法の見学会に出ることにしました。
ところが出てみて一転、現在の農業はきわめて科学的に数値化された世界であることを知りました。
それと、もともと土いじりは嫌いな方ではなかったので、
- 私
-
(農業に携わる生活も、悪くないな)
と思うようになったのです。
家族に相談した時、既に気持ちは農業に傾いていました。
不本意で続けた仕事に未練もありませんでしたし、リストラされたことは、向いていないことでもあるから、再スタートはまるで違う道にとの想いもありましたから、「もうこれしかない」と思いました。
それからすぐ研修の手続きをしました。
実地中心の研修を受けている時から、大地と過ごす快適さに、農業を選んでよかったと心底思えるようになりました。
5その後、どうなったか。
今振り返って思う、リストラの経験。そして、これから将来への想い。
リストラのショックは、煎じ詰めていけば、「他の人は会社の中で温存され、生き残っているのに、何で自分だけが外されなくてはならなかったのか」という、その疎外感が非常に大きいと思います。
しかし、冷静になると、自分には欠けているところが多々あり、またまずかったと思われる言動や振る舞いの数々が思い出されました。
なにより、会社自体が生き残るために、社員を切る決断を下したのはしかたない面もあるなとも思えるようになりました。
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現在、幸いなことに農業が軌道に乗り始めていますが、耕しているのは人から借りている土地です。
まずこれを自分の土地にして、農業で盤石な経済状況を実現したら、兼業に移りたいと考えています。
「晴耕雨読」型の生活をして、学生時代にやりたくて出来なかった、建築デザインの事務所を併設することを夢見ているところです。
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