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営業スランプに陥っていた私に、友人は「フィリピンで働かないか」と言った。|私の転職体験談

転職前

BEFORE
職業
人材派遣会社
職種
営業職
従業員規模
3500人
年収
300万円

転職後

AFTER
職業
外資系企業管理職
職種
営業職
従業員規模
70人
年収
150万円

目次

ジムスターさんの転職ストーリー

1これまでの私

社会人になるなら、まずは営業職をしてみたい。

イメージ図:営業職として働く20代男性

当時新卒採用で入った、ITベンチャーの営業部門に勤めていました。

大学生の時から、「社会人になるならまずは営業職をしてみたい」と考えていました。

その理由は──と聞かれると、少し困りますね。なぜ「まず営業」だったのか。

おそらく、私にとって「社会人のイメージ=営業」だったんだと思います。

就職と同時に人生はじめての一人暮らし。期待と不安、──若干期待が上回るような、そんな時期でした。

名刺交換などのビジネスマナーや基礎的なことを学び、配属された部署ではテレアポから始まりました。

そして、初日からクレームを受けて。
ここで大分気持ちが折れかかりましたが、「とにかくやるしかない」と、ひたすら電話をかけ続ける日々が始まりました。

テレアポをしてアポイントを取れる機会が増えてくると、ようやく営業らしい仕事になってきました。
訪問をして、見込みがあった場合は本格的な交渉フェーズに入ります。

配属後3ヶ月目にようやく1件成約が発生したときに、「働くっていいな」と素直に思えました。

2転職のきっかけ

ノルマ未達の月日が続いていたとき、友人からある誘いを受けた。

イメージ図:スランプに悩む20代男性

入社2年目になって、私は深刻なスランプに陥ってしまいました。

いままで「こうやれば、一定の確率で成約につながるだろう」と思っていたのがうまくいかなくなってしまったのです。

試行錯誤を重ねましたが、月のノルマの半分にも達しない日が続きました。

そんな折、私は学生時代の友人から「フィリピンで働いてみないか」という話をもらいました。

非常に魅力的な誘いでした。

元々学生時代は英語が好きで、大学時に半年カナダに留学もしたこともあったので。
留学時のあのワクワク感を、また得られるかもしれない──そう思いました。

現実では、何をやっても空回りの営業の仕事、その際に友人からの誘い。
(どうするべきか…)と考えましたが、もう心の奥底では決まっていたんだと思います。

とにかく、このチャンスを見逃すべきではないと、私は転職を決意したのでした。

3転職活動中

遠いフィリピンの地を目指して。

イメージ図:フィリピンの就労ビザ

友人に紹介された仕事とは、日本のゲーム会社のフィリピンでのオフショア開発です。

フィリピン現地で、主にエンジニア等の人材を採用し、開発の一部をそこで担う部隊を立ち上げることでした。

オフショア開発とは

業務の一部を海外の会社に委託することをいいます。
オフショア開発の主な目的は、日本国内よりも人件費の安い地域に開発を委託することで人件費を削減することにあります。

転職活動は、友人の紹介を介して非常にスムーズに進められました。

二度の面接を経て無事内定をいただき、私のフィリピン移住が決定しました。

ただ、その後の移住手続きは非常に煩雑でした。

役所への転出届と介護保険・医療保険等の手続、書類に不備があったら再度提出で、何度も自宅─役所を行き来しました。

それからいよいよアパートを引き払い、現地フィリピンに向かい雇用ビザと外国人登録証の発行です。新しい会社の方に何度もサポートを受けながら、移住と書類の手続きに明け暮れる日々でした。

意外だったのが、現職の上司に退職を切り出したときに、とても親身に相談に乗ってくれたこと。
上司はご自身実体験をもとにアドバイスもしてくれました。

上司

「どんな職場でも、最初の半年が勝負だから、その期間は最大限努力しないといけないよ。どんなに辛くとも、半年過ぎたら楽になると思って乗り切りなさい」

──こうして怒涛のごとくの、フィリピンでの新生活が幕を開けました。

4転職後

転職後の新しい環境で、待ち受けていた状況は。

イメージ図:フィリピンの街並み

フィリピンでの新生活は、まさにカルチャーショックの連続でした。

とにかく、現地の人たちは皆ノリがいい笑。
こちらから何か話しかけると、笑顔で応えます。これは、日本人も見習った方がいいのではと思いました。

その代わり、時間のルーズさや仕事の大雑把さが目に付くこともあります。
どこまで律していくべきか迷うことも多かったです。
──というか、私自身もその流れに飲まれそうでした。

仕事内容でも、これまでとのギャップが非常にありました。

まず、いきなりのマネージャーになったこと。
マネジメントするメンバーはすべて現地の人たちでしたので、言葉や文化の違いに悩む日が続きました。

主な業務は、現地でのスタッフの採用活動や評価といった人事業務です。

とうぜんのごとく、最初の3ヶ月はボロボロでした。
何ひとつ、まともに仕事ができなかった。

ですが、現地の日本人スタッフや本社の役員の方々のアドバイスなど多くの手助けを受け、なんとか日々を乗り切ることができました。

業務に慣れて、フィリピンの文化風習を楽しむ余裕が出てきたのは6ヶ月後からですね。
それまでが本当に大変でした。──まさに、前職の上司が話されていた通りでした。

5その後、どうなったか。

転職を振り返って、今思うこと。これから、目指したいこと。

イメージ図:フィリピンの夜景

私自身の転職活動は少しイレギュラーで、他の方の参考になるかは正直怪しいのですが、1つだけはっきりとしていることがあります。
それは、思いたったら即行動が大事ということです。

前職の上司が良く「考えるな、行動しろ」という言葉を仰っておりましたが、まさにその通りだなと思いました。

正直初めての転職活動でかつ、海外への転職というさらに高いハードルに非常に不安を感じていました。

ある程度言語に自信があった私でも、わからない表現やビジネス英語に苦戦をしました。

しかしその苦労から逃げずに行動し続けた結果、今があるのだと思います。

◇ ◇ ◇

今後、さらに自分の世界を広げていけるといいなと思っています。

私自身まだフィリピンでの経験しかないのですが、今後はもっと他の国、地域への進出なども視野に入れております。

さらに今の英語力で満足せず、もっと複雑なやりとりもスムーズに行えるよう、語学力にも磨きをかけていきたいと考えています。

そこで得らえれる新たな壁、さらにその壁を乗り越えたときの、成長の実感。
かけがえのない充実感があります。

また、かつての私のように挑戦したくても二の足を踏んでいる人に、「思ったら、即行動」のマインドを伝えていきたいですね。

人生は一度きりです。
ですが、チャレンジできる機会は無限にある。そして、そのチャレンジの数だけ、自分の人生を彩っていくことができるはずです。

そうした行動のひとつひとつは小さくとも、多くの人たちが実現できるようになれば、もっと皆が笑顔になっていくと思うんですよね。
そう、フィリピンの人たちのような、屈託のない笑顔に。

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