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新型コロナの感染拡大、子どもの休校、そして私の転職を経て。|私の転職体験談

転職前

BEFORE
職業
設計事務所
職種
営業事務
従業員規模
約100名
年収
180万円

転職後

AFTER
職業
給食センター
職種
調理員
従業員規模
20名
年収
60万円

目次

MONさんの転職ストーリー

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1これまでの私

大好きだった、「設計事務所」の仕事。

設計事務所のイメージ

転職前まで、私は設計事務所の営業兼事務の仕事をしていました。

もともと設計という仕事に興味があって、20代半ば頃にCADの資格をスクールで取得し、その後中途入社で当時の設計事務所に採用してもらった、という経緯です。

入社時はまったくの素人でしたが、周りの方々や上司がよくよくフォローしてくれて。

3年経った頃には担当する案件も増えてきて、上司やお客様から「会社の一員」として認められる感覚も持てるようになり、それがとても嬉しく、やりがいでもありました。

それから1年後に結婚。産休・育休を経て再び時短社員で復帰させてもらいました。

子育てと仕事の両立はかなり大変でした。
私も夫も共働きで、両親は他県に住んでいましたので、基本子育ては私と夫が行わなくてはなりません。
加えて、うちの地域は待機児童が多く保育園に入ることもできませんでした。

それでも、たまに両親が子供の面倒を診にはるばるやってきてくれたり、近所の幼稚園で延長保育をしてくれたりと、なんとかやってこれました。

2転職のきっかけ

子どもの休校、そして私の転職

コロナ禍

息子が小学生になったときのことです。
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言が発令されました。

入学式の次の日から休校になってしまって、そして私もまた、息子の面倒を診るために会社を休まなければならくなりました。

今ではリモートワークの職場が珍しくなくなってきていますが、当時はまだまだオフィスワークの職場の方が多く、私の設計事務所ではリモートワークをするための設備・環境を用意できていなかったのです。

学童保育に息子を預けることも考えましたが、生憎そちらもコロナ禍の影響があって新規の受け入れを行っていませんでした。

夫も週5のオフィスワークでしたし、両親に頼むにしても緊急事態宣言のなか何度もこちらに来てもらう訳にもいきません。

──つまり、私が今の仕事を辞めるしか、選択肢がなかったのです。

3転職活動中

「今の環境でも働ける仕事」を、探そう。

転職活動のイメージ

設計事務所を辞めたあと、私は

(在宅で出来る仕事を探そう…!)

と考えました。

在宅で、子どもの面倒を観ながらでも出来るのなら、今の状況でも働けるはずです。

求人探しでは、市内にあるハローワークに行くのが怖かったのでもっぱらスマホで転職サイトを利用しました。

「女性の転職をサポート」と謳っているサイトを閲覧したりもしたのですが、一番良く利用したのは「Indeed」でした。

Indeedは現住所を入力するとその地域~5km圏内の案件、25km圏内の案件など範囲を選択して検索出来たり、雇用形態や掲載時期など細かく選択して検索することが出来ます。

自分の希望している条件での案件はどのくらいあるのか、この条件を妥協した場合どのような仕事があるのかなどがすぐに分かりとても見やすかったです。

ただ、それでもなかなか「ココがよさそう」という職場はなかなか見つからず、また子どもの相手をすることで1日の大半が終わってしまうなどして、結局本格的に転職活動に専念できたのは子どもの学校が再開された約2ヵ月後のことでした。

4転職後

ベテランパートさんからのいびりを受けて。

新しい職場

子どもの学校が再開されて間もない頃、少し遠かったのですが隣町の小学校の給食調理の仕事の募集が出ており、応募したところ採用して頂きました。

結局、リモートワークの職場は見つからずでしたが、「1日3時間」という短時間勤務で、子供が学校に行っている間に働けて、土日休み、夏休みなどの長期休暇は給食がないので私も休みになるなど、今の私の生活でも対応できる理想の職場だと思いました。

新しい職場に入って数日間は覚えることがたくさんあり大変でしたが、そんなに生徒数の多くない学校だったので体力的にはなんとかやっていけそうでしたし、なにより子どもが帰ってくる頃には家に居られます。

(いい条件の職場に出会えてよかった)

──と、最初の頃は思っていました。

ですが、あるときとある先輩パートさん(ここでは「Aさん」とします)から、

Aさん

「なんかさ、あなたとは仕事の仕方が合わないみたいで。困っちゃうわぁ、いつもよりも倍の時間かかっちゃったぁ」

と言われて。

(嫌味な人だな…)と思いつつも、まだ私自身仕事も覚えたてでしたのでお詫びしつつその場はなんとかやりくりしましたが、それ以降もAさんはことあるごとに私に突っかかってきました。

3ヵ月ほど経って私が完全に仕事を覚えてからも、Aさんは変わらず私にきつくあたり続けました。

Aさんがベテランメンバーということもあったのでしょうが、他のパートさんもAさんに迎合するように私に対して距離を取って接するようになってきて。

「時間がいずれ解決してくれる」と思っていましたが、そんな状態で4ヵ月、5ヵ月、6ヵ月と時が過ぎていきました。

8ヵ月目に入ったとき、とうとう私は一向に変わらない人間関係に限界を感じて、辞めることにしました。

5その後、どうなったか。

退職、転職、そしてまた退職──。いま現在、私が感じていることは。

これから目指していきたいこと

苦労して見つけた職場でしたので、辞めたときはショックでした。

ずっとやりがいを感じていた設計事務所の仕事を続けられなくなり、心機一転で臨んだ職場も1年経たずに辞めることになって。

自分に対しての情けなさやこんなはずではなかった、という後悔の気持ちがなかなか消えてくれませんでした。

救いだったのは、そんな私を心配してか夫が

「結果はどうであれ、今の状況と子どもとの生活に合わせて『仕事を変えた』ことは、すごいことだと思うよ。俺には到底できなかった」

と慰めてくれたことです。

その言葉で、私はようやく自分自身を承認して、後悔を断ち切ることができました。

◇ ◇ ◇

現在(2021年8月)も、新型コロナの感染拡大が止まりません。

この先まだ状況がどうなるか見えず、子どもの学校もいつ休校になるか分からないため、しばらくは働かずに専業主婦でいようと思います。

ですが、振り返るとやはり設計の仕事をしていた頃がとても楽しく、そして毎日が充実していました。
いつかはまた同じ仕事に復帰したい──、それが今一番願っていることです。

その一方で、「あまり一つのことに固執せず、色々なことに目を向けていった方が良いのではないか」という想いもあります。

新型コロナが流行る前と今とでたくさんの人の人生が変わってしまったことを思えば、私の環境変化は決して珍しいことではないのでしょう。

「先のことを考えて」であったり、「子供の将来を考えて」であったり、いろんな人がいろんなことを言います。私の中にいる私も、たまに頭の中でそう諭してくることがあります。

でも、この先何が起こるのかなんて、本当は誰にも分からないものなんじゃないでしょうか。「こうしよう」と決めても思ったとおりに行かなくなることが、これからもっと多くなるような気がしています。

だから、一つだけ決めたことがあります。それは、「焦らないこと」。

そして、毎日の「今、この状態」を大切に過ごすこと。
「昔は良かった」と思えるということは、その当時が恵まれていたからだと思います。

人はどうしても、変わってしまって今はなくなってしまったものに目が行きがちですが、変わらず今あるもの、私の場合は家族や友人、そして私自身の健康など──、それらにしっかり目を向けて、今の幸せを見失わないように生きていければと思っています。

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