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娘から「家にいてほしい」と言われて。教師を退職後、療育施設職員に|転職体験談

転職前

BEFORE
職業
教師
職種
教育
従業員規模
50人
年収
700万円

転職後

AFTER
職業
療育施設職員
職種
福祉
従業員規模
100人
年収
500万円

目次

rinoさんの転職ストーリー

1これまでの私

夢だった特別支援学校の教師。結婚・出産で変わった働く意味。

特別支援学校の明るい教室で、43歳の女性教師が教材を片手に子どもたちへ身ぶり豊かに授業をしている。オフホワイトのロングジレと深緑のワイドパンツを合わせた洗練された仕事服で、夢だった教師として生き生きと働く姿が描かれている。北海道らしい柔らかな朝の光が差し込む中、子どもたちが楽しそうに見上げており、特別支援教育への情熱とやりがいが伝わるシーン。

私は3年前に転職しました。

その頃私は、特別支援学校の教諭をしていました。
教師の仕事は昔からの夢でもあり、なりたかった職業に就けたことにとても満足していました。

転職のきっかけは私の結婚と出産になります。娘と息子に恵まれました。
子どもが生まれるとしなければいけないことも多く、仕事にすべての情熱を傾けることが難しくなってきたのです。

「教師として」働く自分から、「子どものために」働く自分に変わっていったと感じたのは、それからしばらくのことでした。

「この子の欲しいものをたくさん買ってあげたい。いろんな場所に連れて行ってあげたい」

いつしかそれが、私が仕事をする上でのモチベーションになっていました。

2転職のきっかけ

娘の受験を前に「もっと家にいて」。教師を辞める決断をした。

夜のダイニングキッチンで、仕事帰りの43歳女性教師が受験を控えた娘と静かに向き合っている。くすみピンクのブラウスとロングコートを着た母親は、バッグを肩に掛けたまま立ち止まり、娘の「もっと家にいてほしい」という想いを受け止めている。テーブルには夕食や勉強道具が並び、家庭と仕事の両立に悩みながら転職を考え始める母親の葛藤を描いたシーン。

そんな娘も中学生になり、受験を控える時期になりました。

その頃、私はまだ教師で、徐々に重要なポジションも担うようになっていました。
帰りは夜遅く、あまり娘のために時間を割いてあげられていませんでした。

「受験もあるし、もっと家にいてほしい」

娘にそう言われたときは悩みました。

このままでは娘のサポートを充分にしてあげられない。では学校を辞めるべきかどうか。

(…これも、いいきっかけかもしれない)

悩んだ末に出した結論です。
子どもには寂しい思いをさせてきましたし、何より子どもとの時間を一番大切にしたかったのです。

娘の人生の一つの節目、その時をしっかりサポートしたいと思いました。

3転職活動中

定時退勤を条件に転職。年収500万の療育施設指導員に。

朝の光が差し込む自宅ダイニングで、43歳女性が求人資料やスケジュール表を見ながら転職活動を進めている。ナチュラルカラーのロングベストとワンピースを組み合わせたおしゃれな私服姿で、子どもたちが過ごす家庭空間の中、「残業なし・定時退勤」を条件に新しい働き方を模索している。家族との時間を大切にしながら、療育施設への転職を目指すワークライフバランス重視の場面。

仕事を辞めてからは、なるべく子どもたちと向き合って過ごそうと決めました。

毎日ご飯を作って、学校から帰ってきたら「おかえり」と言う。

そんな当たり前のやりとりを、私はこれまでスルーしてきてしまったのだな…としみじみ思いました。

ですが、「(世の中の)子どもたちの為に、働きたい」という気持ちは依然ありました。

娘の受験が無事に終わったと同時に、私は復職を目指して転職活動を始めました。

それでもすぐに息子の受験も翌年に控えている状況でしたので、条件としては「残業が無い、定時で帰れる」ことでした。

主にハローワークを利用していました。

前職の経験を買われ、割とすぐに転職先が決まった気がします。

新しい職場は、療育施設の職員。
年収は少し下がってしまいますが、転職活動が難航せずに済んでホッとしました。

4転職後

療育施設で気づいた。経営と教育の間で揺れる指導員の現実。

療育施設の活動室で、43歳女性指導員が床にしゃがみ込み、発達障害のある子どもと目線を合わせながら支援を行っている。テラコッタカラーのオーバーシャツと淡色パンツを合わせた動きやすく洗練された服装で、子どもに寄り添う一方、背後の職員たちにも気を配っている。教育現場とは異なる民間福祉施設の現実や、療育現場で働く葛藤と責任感が伝わるシーン。

新しい職場は、発達障害を抱える子どもたちの療育施設です。

自宅からもそう遠くなく、比較的早く帰れています。

今は「教員」ではなく「指導員」という肩書きになります。
すると施設自体の経営にも目を向けなければなりませんので、以前のように「子どもたち」のことだけを考えて仕事をすることはできません。

私は前職の経験もありましたが、中には「発達障害」というものへの知識が乏しい職員もいます。
それゆえに起こってしまうトラブルなどもあり、果たしてここでうまくやっていけるのかと不安になることもあります。

特にトップに立つ職員ほど、知識を持ち合わせていないのです。
上司に向かって気を配りながら注意をするのは、なかなか苦労が絶えません。

5その後、どうなったか。

公教育の大切さを実感した43歳が夢見る、児童デイサービス。

大きな窓から夕方の光が差し込む開放的な空間で、43歳女性が児童デイサービスの構想図を広げながら未来を見つめている。深いグリーンのシャツジャケットとナチュラルカラーの服装で、両手を机につき穏やかな表情を浮かべる姿から、転職経験を経て新たな夢へ進もうとする意志が感じられる。背景には子どもたちが学び遊ぶ様子があり、発達障害や不登校の子どもたちの居場所づくりを目指す未来志向のシーン。

教員時代はとにかく毎日が忙しいと思っていましたが、民間施設はまた違った大変さがあります。
しかし給与体系や勤務時間はしっかりと管理されており、そこは満足しています。

さらに民間施設である以上「売り上げ」の面からも目を背けられないことも、新しく学びました。
子どものためになることでも、これ以上のコストはかけられない。そんな場面も多々あるのです。

公教育の大切さを実感しました。

ただ、教員の頃よりも、一人ひとりの子どもとしっかり向き合えていると感じます。
学校ではなく施設なので、生活の深い部分にまで関わっていけるからでしょうか。

トータルで考えれば、転職してよかったと思っています。


将来的には、これまでの経験を活かし、自分の力で児童デイサービスを立ち上げたいと考えています。

子どもは成長とともに、新たな問題が生まれ、立ち向かっていくことになります。
「発達障害」と一括りにされてしまうこともありますが、中には知的な障害のない、学校に通うことに悩んでいるような子どもたちもいます

たとえばそういう子どもたちに向けた学習の場を作ることはできないかと考えています。

そして、発達障害を抱える子どもたちの中には、高校を卒業後、行き場を失ってしまう子もいます。
そういう子どもたちにとっての居場所にもなると良いです。

私の子どもはそれぞれダンスや音楽が得意なので、彼らの協力も得ながら、学び以外の交流も深めていけるんじゃないかと、日々夢見ています。

rinoさんの体験談のポイント

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