「片付けられない」は脳のせい?科学的アプローチで変わる整理整頓術
[最終更新日]2025/06/13

「片付けなきゃ……」そう思いながらも、気がつけば部屋は散らかったまま。
書類は山積み、机の上には昨日のコーヒーカップ。そんな日常に、罪悪感を抱えていませんか?
でも、それはあなたの「意志が弱い」からではないかもしれません。
目次
1)なぜ「片付けなきゃ」と思っても片付かないのか?
やる気はあるのに、気がつけば「また散らかってしまった」。そんな状況に心当たりがある方は多いでしょう。
片付けは一見シンプルな行為ですが、なぜこんなにも難しいのでしょうか?
そこには、私たちの脳の仕組みや心理的な傾向が深く関係しています。
この章では、片付けができない主な3つの理由を、科学的な視点からひも解いていきます。
理由① 整理整頓・片付けに【利益を感じられない】

私たちの脳は、「すぐに得られるごほうび」や「目の前の楽しさ」にとても敏感です。これは心理学で「即時報酬バイアス」と呼ばれ、人が短期的な快楽を優先しやすい性質を表しています。
その一方で、片付けや整理整頓はどうでしょうか?
終わったあとに「スッキリした!」と感じられる人もいますが、多くの場合、片付け中は単調で面白みに欠け、「やってもすぐに気持ちよさが得られない」と感じやすい作業です。
また、片付けたからといって誰かに褒められたり報酬があるわけでもありません。
そのため、脳は「楽しいこと」として認識しにくく、「やらなきゃ」と思ってもつい後回しにしてしまいがちです。
このような行動傾向は「時間割引」と呼ばれる理論でも説明できます。
人はどうしても、将来のメリットよりも今すぐ得られる楽しさや心地よさを優先してしまう――それが、片付けを続けるのが難しい理由の一つなのです※1。
理由② 人は、「刺激のない状況では【行動できない】」

片付けが後回しになってしまう理由は、「報酬が見えにくいから」だけではありません。もうひとつ大きな原因は、片付けという行動そのものが、脳にとって退屈すぎるということです。
私たちの脳は、ある程度の刺激があることで初めて「行動しよう」というスイッチが入ります。しかし、片付けは視覚的にも感情的にも刺激が少なく、脳にとっては「おもしろくない作業」として認識されやすいのです。
特に、ADHDの傾向がある人や注意がそれやすいタイプの人は、刺激が足りない場面になると行動のきっかけをつかむのがとても難しくなります※2。
実際、脳科学の研究でも、やるべきことに対して刺激が不足していると「ドーパミン」という意欲を生み出す物質の分泌が少なくなり、結果的に「動き出せない」という状態が起こることがわかっています※3。
つまり、片付けは「つまらない」と感じるだけでなく、脳のやる気システムがうまく作動しないことが、行動に移せない原因のひとつなのです。
*2 Barkley, R. A. (1997). ADHD and the Nature of Self‑Control. The Guilford Press.
*3 Volkow, N. D., Wang, G. J., et al. (2009). Motivation deficit in ADHD is associated with dysfunction of the dopamine reward pathway. Molecular Psychiatry.
理由③ 人によっては、整理整頓・片付けは【難易度が高い】

そもそも、「どうやって片付けを進めればいいのか」がうまく思い描けない人もいます。
その背景には「空間認知能力」と呼ばれる力が関係しています。これは、物の配置や距離感、整理の順序などを頭の中でイメージする力のことです。
この能力が高い人は、「ここにこれを置けばスッキリするな」「この順番で進めると効率がいい」といった判断が自然にできます。
ですが、この力があまり得意でない人は、片付けの全体像を思い描くのが難しく、「どこから手をつければいいのか分からない」「せっかく片付けても、すぐに散らかってしまう」と感じやすいのです。
つまり、片付けや整理整頓は、誰にとっても当たり前にできることではありません。人によっては、頭も体力も使う難しい作業に感じられることもあるのです。
2)「片付けられる人」と「片付けられない人」の違いは?
「どうして自分はこんなに片付けが苦手なんだろう…」と悩む一方で、どんなに忙しくてもスッキリと整った生活を維持している人もいます。
その違いは単なる「性格」の問題ではありません。実は、考え方や日々の行動パターンにも違いがあるのです。
この章では、「片付けられる人」と「片付けられない人」の違いを2つの視点からひもときながら、あなたが片付け上手になるためのヒントを探っていきます。
違い① 片付けられる人は、整理整頓が「心の秩序」に繋がることを実感している

片付けが得意な人は、ただ「部屋をきれいにすること」だけを目的にしているわけではありません。片付けを通して自分の心を整える感覚を、無意識のうちに大切にしているのです。
たとえば、「机の上が片付くと、頭の中までスッキリする」「クローゼットが整うと、気持ちが前向きになる」――そんな体験、一度はあるのではないでしょうか?
このように、整理整頓が心の安定と深く結びついているという感覚は古くから語られてきました。日本の哲学者・三木清も、そのことを説いたひとりです。随筆『人生論ノート』の中で、彼はこう記しています。
外的秩序(たとえば整った空間)が、内的秩序(心の状態)と一致してはじめて、真の秩序である
つまり、片付けが得意な人は、単に“几帳面”や“清潔好き”だから部屋を整えているわけではありません。整った空間がもたらす心の静けさや安心感を、肌でわかっているからこそ、自然と片付ける習慣が身についているのです。
「整理整頓が心の安定につながる」というのは、根拠もある
心理学の研究からも、私たちの「環境」と「心の状態」は深く関わっていることが明らかになっています。たとえば、アメリカ・UCLAの調査では、家の中が散らかっている人ほどストレスホルモン(コルチゾール)の数値が高くなる傾向があると報告しました※5。
また、プリンストン大学の研究では、散らかった空間にいると脳の注意力が分散し、集中力や情報処理能力が大きく低下することが確認されています※6。
さらに、整った環境にいると「自分はできる」という感覚(自己効力感)や自己肯定感が高まり、気分も安定しやすくなることが心理療法や環境心理学の分野でも報告されています。
*5 Saxbe, D. E., & Repetti, R. L. (2010). No Place Like Home. Personality and Social Psychology Bulletin.
*6 McMains, S. A., & Kastner, S. (2011). Interactions of top‑down and bottom‑up mechanisms in human visual cortex. Nature Neuroscience.
違い② 片付けられる人は、整理整頓が「習慣化」されている

片付けられる人とそうでない人のもう一つの大きな違いは、整理整頓が日常のルーティンとして根づいているかどうかです。
片付けが得意な人は、「使ったものをすぐ元に戻す」「汚れたらその場で拭く」「気づいたときにすぐ処理する」といった行動が、ほぼ無意識にできています。
習慣づくりに関する研究によると、新しい習慣が身につくまでには平均で66日かかるとされています※7。一度習慣として定着すれば、いちいち意思の力に頼らなくても自然と行動できるようになります。
一方で、まだ習慣化されていない人は、片付けのたびに「やろうか、どうしようか」と迷い、判断にエネルギーを使ってしまいます。その結果、疲れて動けなくなり、片付けを先延ばしにする…という悪循環に陥ってしまうのです。
3)「片付ける」ことで心の秩序と習慣化を達成するための3つのステップ
前章では、「片付けられる人」と「片付けられない人」の違いを、心の状態や行動の習慣という観点から見てきました。では、片付けが苦手な人が今の自分のままで無理なく“片付け上手”に近づいていくにはどうすればいいのでしょうか?
ここでは、心の安定や行動の習慣化を目指しながら、日常に自然と片付けを取り入れていくための3つのステップをご紹介します。
ステップ1:「どう片づけたら、心の平穏・満足感に繋がるか」を探してみる

最初のステップは、「なぜ片付けたいのか」という目的を自分の中でしっかり持つことです。ただ「片付けなきゃ」と義務のように考えるのではなく、「どう片付ければ、自分が心地よく感じるか」を意識することが大切です。
そのためのおすすめは、「まずは一箇所だけ整えてみる」こと。たとえば、バッグの中、机の引き出し、玄関の靴箱など、小さな場所を一つ選んで、きれいにしてみましょう。
その空間を整えたあと、自分の気持ちに注目してみてください。「すっきりした」「気持ちがいい」「やってよかった」と感じるかもしれません。こうした感覚を積み重ねながら、「自分にとって心地よい片付けのかたち」を見つけていくことが大切です。
心理学者エドワード・デシが提唱する「自己決定理論」では、人が行動を続けるためには、自分の内側から湧く内発的な動機づけが欠かせないとされています※8。つまり、「気持ちいい」と感じる片付け方を見つけることこそが、習慣化へのいちばんの近道なのです。
*8 Deci, E. L. & Ryan, R. M. (2000). The “What” and “Why” of Goal Pursuits. Psychological Inquiry.
ステップ2:「他人のため」にも片付けを実践してみる

次のステップは、自分の生活空間の外でも片付けを実践してみることです。日常のちょっとした場面で、片付けの意識を広げてみましょう。たとえば、こんな行動があります。
- 会議後のデスクの椅子を元に戻す
- レストランのテーブルを軽く整えて帰る
- コンビニのイートインで、テーブルを拭いてから立つ
- 宿泊先のホテルのベッドまわりを整える
こうした行動は、自分のためだけでなく「他の人への思いやり」も含んでいます。「自分が気持ちよく過ごすため」よりも、「次に使う人が気持ちよくなれるように」と思うことで、自然とモチベーションも高まるものです。
さらに、「公共の場で片付ける」という行動は、自分の行動を外から見つめ直す練習にもなります。これはメタ認知を高め、セルフコントロールの発達にも役立つとされています。
ステップ3:毎日の行動に【5秒の片付け】を組み込もう

最後のステップは、片付けを小さく・無理なく日常に取り入れることです。そこでおすすめなのが“5秒ルール”というシンプルな習慣。何かを終えたタイミングで「5秒だけ片付ける」ことを意識してみてください。
- 朝の歯磨き後、洗面台をサッと拭く
- 帰宅してコートを脱いだらすぐハンガーにかける
- 使い終わったカップをその場で流しへ運ぶ
ほんの数秒の片付けでも脳には負担が少なく、続けやすいのがポイントです。行動科学でも「習慣を身につけるには、ハードルをできるだけ低くすること」が大切だとされています。
さらに、こうした小さな行動には“すぐに気分がよくなる”という効果もあります。これは第1章で紹介した「即時報酬」の原理にも当てはまります。「片付けた → 気分がいい」という快感を繰り返すことで、脳はその行動を「またやりたい」と覚え、自然と習慣になっていくのです。
【まとめ】小さな片付けが【心の安定】をつくる

「片付けられないのは、自分の意志が弱いからだ」と思い込んでいませんでしたか? 本記事で見てきたように、私たちが片付けに手をつけられない背景には、脳の性質や心理的な仕組みが複雑に絡み合っています。
- 目の前の快楽を優先してしまう「時間割引」
- 刺激の少ない行動に取り組めない脳の性質
- 空間認知能力など、片付けに必要なスキルの差
これらはすべて、努力や根性ではどうにもならない部分があるということを示しています。
一方で、片付けがうまくいく人たちは「心の秩序」に気づき、それを守るように整える習慣を身につけています。そしてその習慣は、小さな行動の積み重ねから生まれています。
あなたも、引き出し一つから、テーブルの拭き掃除から、あるいは5秒だけ何かを整えるところから始めてみませんか?
「片付ける」という行動は単なる作業ではなく、「自分の内側を整える」というセルフケアの一つです。
あなたにとって心地よい秩序を、少しずつ探してみてください。それが、心に静けさと余白をもたらしてくれるはずです。