『仕事のワクワクを探す旅』#006
ママ女医ちえこさん|産婦人科医。「自分のために働くこと」と、「誰かの役に立てること」
思春期の頃は「人はなぜ生きて、なぜ死ぬのか」といったことをよく考えていました笑。
産婦人科医として、女性の健康や性教育に関する情報発信を行うYoutuberとして、そして4人の子どもの母親として、多方面で活動を見せているママ女医ちえこさん。
母親は看護師、そして父親は僧侶で、その影響もあって早くから医療や人の生死について考えることが多かったといいます。
「人の生と死に向き合う仕事がしたい」という、熱い思い。その一方で、実は、本人いわく「怠け者」。──そんな二面性を持つちえこさんの、これまでの軌跡と仕事観・人生観について、語っていただきました。
目次
1)「人の生と死」に向き合う仕事
産婦人科医を目指した理由
──はじめに、医師を目指そうと思ったきっかけについて教えていただけますか?
私の母が看護師でしたので、小さい頃から「医療の仕事」を身近に感じていたことが大きかったと思います。
それから、これも母からよく言われていたのですが、「働くなら、手に職を付けなさい」と笑。
「手に職を付ける」というのは、専門的な知識や技術を身に着けて、それらを活かせる仕事をすることだと思いますが、私は更に「生と死に関わる仕事」に就きたいと考えていました。
──どうして、そのように思われたのでしょう?
思春期の頃、きっと多くの方が「自分が生まれてきた意味」や「人はなぜ生きて、なぜ死ぬのか」について真剣に考えたのではないでしょうか。
私もまさにその一人でして笑、加えて父が僧侶だったこともあり、父の仕事の話から、人の生死について想いを馳せることが多かったんですね。
はっきりした答えは見つかりませんでしたが、きっとこれから先もずっと考えていくのだろうという、予感めいたものもあって。
それならいっそ、生と死に向き合うことで社会貢献できる職業に就こうと思ったんです。
──その後、実際に医療の道へと歩まれたのですね。
医大に入ってから、産婦人科を専門に選ばれた経緯も教えていただけますか?
はい。研修医になると、2年のあいだ内科や外科、救急などの各診療科をローテーションで研修を受けることになるのですが、産婦人科の際に帝王切開の手術に立ち会ったんですね。
緊迫した空気の中ですべてがとても早いスピードで進んでいき、そしていよいよお母さんのお腹から赤ちゃんが取り出されたそのとき、えもいわれない感動が、私を包みこんだのです。
この時の気持ちを言葉で表すのはとても難しいんですが笑、──新しい命が生まれてくるっていう瞬間に携われたこと。
私にとってそれは、とてもかけがえのない経験でした。
Tips1 研修医のローテーション制度
研修医のローテーション制度とは、臨床研修を受ける医師が複数の診療科を一定期間回って研修を行う仕組みです。研修医がさまざまな専門領域の知識や技術を習得し、臨床能力を向上させることを主な目的としています。
画像引用元:日本医事新報社「【初期臨床研修制度】2020年度から必修7科目化、外科など復帰―医道審部会が制度見直し案を了承」
──そのときの体験があって、産婦人科を選ばれたのですね。
はい。興味のある診療科は他にもありましたが、私にとって産婦人科はまさに、「命に向き合える仕事」でした。
実際に産婦人科医として働いてからも、そのことは強く感じられています。
出産に携わる際はとうぜん命の誕生に向き合うことになるのですが、もちろんそれだけではなく、生理の悩み相談から癌の治療まで、様々な患者さんを対応します。
産婦人科医は、「ゆりかごから墓場まで」といわれたりしますよね。関わる患者さんの人生を、間近で見て、そして一緒に歩んでいく──そういう仕事だと、思っています。
「人の生き死に」に関わること
──「人の生き死にに関わる仕事」は、新しい生命の誕生に携わる一方で、辛い状況に立ち会うこともあると思いますが、いかがですか。
そうですね。産婦人科医の専門分野は、お産だけでなく、婦人科領域の癌も含まれます。
一生懸命治療に取り組んでも、残念ながら期待通りの結果が得られないこともあります。仲良くさせていただいた患者さんがお亡くなりになられたときは、自分の身内や友人がなくなったときと同じくらいの悲しみがあります。
それはとても辛いことではあるのですが、それも含めて「人の命」ですから、やはりその際に立ち会うことも大切なことだと思っています。
──産婦人科でのご経験によって、ちえこさんの「人生観・死生観」は、どのように変化していったのでしょうか。
これもとても言語化が難しいのですが笑。
「生」に関しては、突き詰めていくと「幸せを感じられること」が重要になるのではないでしょうか。
もちろん、「なにが幸せか」は人によって様々です。それに、個人の幸せに他人が直接的に関われることは、そんなに多くないでしょう。
ですが、共通した感覚もありますよね。たとえば「痛みや苦しみから解放されて、ほっとした気持ちになる」など。人の普遍的な幸せは、そうした、小さな欲求が満たされた積み重ねにあると思うのです。
産婦人科医でしたら、女性が毎月経験している生理の痛みを緩和させたり、妊娠中の方の疲れや不安を取り除いたりといったことができますので、そうした関わりを大事にしていけたらと思っています。
死生観の「死」の方に関しては、まだまだ模索の段階ですね。
患者さんの最期を看取る経験の中で、「もっとうまくできたかもしれない」と思うこともありました。
まさに私の父が僧侶でそういった分野の専門ではあるのですが、いまだ学び続けている父を見ていて、人が死を受け入れるには、医学的なアプローチだけでなく、スピリチュアルな働きかけも非常に大事だと感じます。
2)出産。そしてYoutuberとしての活動
出産後に感じた「社会との繋がり」の喪失感
──現在、4人のお子さんをご出産されて、子育てとお仕事の両立をされていますが、苦労したことや大変だったことはありましたか?
子ども達はとても可愛くて、ちょっと笑ってくれただけでたまらなく幸せな気持ちにさせてくれますよね。一緒に過ごす時間は、本当にかけがえのないものです。
ただ、その一方で、1人目と2人目の出産後には「これまであった社会との繋がりが、すべて絶たれてしまった」という喪失感がありました。
──なぜ、そう感じられたのでしょうか?
出産してからしばらくの間、働くことができなかったからです。
保育園の入園について自治体に相談に行ったとき、相談員の方からは「時間はかかると思うので、そのつもりでいてください」と言われて、「そっか…」とがっかりして苦笑。
産休と夫の転勤のタイミングが重なって新しい土地に転居したこともあって、周りに知っている人は誰もいませんでしたし、更には勤めていた病院を退職したので育休も取れませんでした。
Tips2 産休・育休制度について
産休は出産予定日の6週間前から取得でき、出産後8週間の休業も含まれます。産前産後休業中には、出産手当金や出産一時金の経済的支援が受けられます。
産休後は育休に移行し、育児休業給付金を受けながら子どもが1歳までの休業が可能です。
●産休中に退職した場合のリスク
育児休業給付金は、雇用保険の被保険者であることが条件となっており、産休中に退職した場合は給付金の対象外になるリスクがあります。
私は子育てをしながら、すぐに働きたかったんですね。
母は私を出産後にしばらく専業主婦をしていたのですが、その後看護師に復帰しました。父は母に家に居てほしかったみたいなんですが笑。
そして私自身も、社会と繋がっていて、「仕事で社会貢献ができている」状態が欲しかった。
もちろん、この感覚は人によって違いますし、専業主婦として温かい家庭を築いて家族を迎えることに喜びを見出す方もいらっしゃると思いますが、私の中では、それだけじゃない、「もう一つの窓」といいますか、仕事をしている状態が大切だったんです。
これまでの働き方から、変えていこう
──2020年の2人目のお子さんの育児中に、Youtuberを始められたと伺っています。先程お話しされた「喪失感」や「社会貢献への想い」が、そのきっかけだったのでしょうか?
実は、以前から夫に「(Youtuberを)やってみたら?」と勧められていたんです。Youtuberだったら、在宅でできますしね。子どもを寝かしつけている間にアイデアを考えたり笑。
また、環境が変わったことで「以前までと違う、新しい働き方に変えていかないといけない」ということはわかっていました。
──これまでと違う働き方で、どうしたら社会貢献をしていけるか。考えの行き着いた先にあったのが、「啓発活動」でした。
医師の仕事をしていると、折に触れて新しい情報がどんどん入ってきます。中には、多くの人に役立つ知識でありながら、医療関係者でないとなかなか知る機会のないものもあったり。
一方で、患者さんをはじめ様々な人たちと接していくなかで、こうした情報を切に求めている人たちが沢山いることも知るようになって。
人生100年時代をよりよく生きていくために、医療や健康の正しい知識を知りたい人たちに、きちんとした情報を届けていきたい。──そんな想いから、YouTubeチャンネルを開設しました。
Tips3 YouTubeチャンネル「mama女医ちえこ」
チャンネル:@mama_joy_chieko
ちえこさんが運営する、「人生100年時代を健やかに生きる」ための医療・健康に関する知識を発信するYouTubeチャンネルです。
開設時の2020年においては女性向けの情報発信が中心でしたが、現在はより多くの人に情報を届けるため、男性向けのコンテンツも増えています。
──医療活動だけでなく、啓発活動という新しい形の「社会貢献」を打ち立てられたのですね。現在(2024年10月)は登録数が18万ユーザーを超え、書籍も発行されていますね。
書籍は、ありがたいことに出版社の方からお声がけをいただいて、実現しました。
ちょうどYouTubeチャンネルの登録者数が増えてきた時期でしたので、そこで見ていただいたのだと思います。
Tips4 ちえこさんが執筆した書籍
『医師がすすめるエビデンスベースの
「体にいい」食習慣』
ちえこさん2冊目の書籍。「体にいい食事」をベースに、生活習慣病、更年期障害、食べ過ぎによって起こる病気などの問題を「食習慣」を通して解決できる方法をエビデンスに基づいてやさしく解説。
3)どんな状況でも「楽しむ」ようにすること
何もしなければ、人は退化していく
──現在は復職もされて、またYouTubeチャンネルも多くの視聴者で盛況が見られていますね。これから先、新たにチャレンジしようと考えていることはありますか?
そうですね。知識のアップデートは常にしていかないと、と思っています。
たとえば不妊治療については最近でも新しい情報が出てきていて、多くの方からの需要もありますので、役立つ知識を発信していきたいですね。
それから、夫の仕事の関係で海外に移住することになりそうでして、英語とベトナム語の勉強もしています笑。
──お話をうかがっていて、どんどん新たな行動を生み出されているのが素晴らしいと感じました。
実をいうと私、すごい怠け者なんです笑。
普通に過ごしていたら、たぶん何もやっていないですね。だからこそ、頑張らないといけない環境に身を置くようにしています。
研修医のときもあえて「大変」と言われているところに行って、皆が頑張っているところで自分も頑張ったりとか笑。
YouTubeの動画配信を始めたときも、「毎日必ず動画をアップする」と決めて、はじめは結構辛かったんですけど笑。続けていくうちに「せっかくここまでやったんだから!」と無理にでもそのリズムを作ったというか。
私自身はそんなに強い人間ではないので、まず頑張れる環境を作るようにしています。
──そうだったんですね!どんどんアクティブに行動される方だと思っていました笑
私は違いますが、そういう人には本当に憧れます笑。
ただ、何もしてないと、人は退化していくばっかりですから。
知識もアップデートしないと、私が伝えられることもどんどん少なくなってしまいます。だから、昨日よりも今日の自分、今日よりも明日の自分がより成長できるように、常に何かを学ぶようにしていますね。
「自分のために働くこと」と、「誰かの役に立てること」
──ここまで何度か「社会貢献」というワードがありましたが、現代では特に若者世代において、個人主義的な強まりを指摘する声もあります。
つまり、「誰かのため」よりも「自分のため」を優先する考え方ということでしょうが、この点についてもお考えを聴かせていただけますか?
そうですね。私は、「自分のために働く」でもよいと思います。
子どもができたら「子どもが一番大事」となる方もいるでしょうけど、それまでは「自分のためになること」が一番のモチベーションになる人は多いでしょう。
ですがそれは、「自分一人で生きていける」という話ではなく、どんな働き方・生き方をしようが、人は助け合わなければ生きていけませんよね。
私たちが普段、何不自由なく生活できているのは、電気、ガス、水道などのインフラを整備してくれた人がいるからですし、食べ物も、農家の方々が作ってくれたものを、スーパーの店員さんたちが売ってくれているからこそ、手に入れることができます。
「自分のために働く」でもいいけど、それが成り立っているのはそうした世の中の仕組みや働きかけがあるから──という気付きは、常に持っておくこと。
そしてその意識を持ち続けること自体が、働くうえで更に大きなモチベーションに繋がることも多いと思うんです。
「そんなにいっぱい与えられてるばっかりだったらダメだな」「他の人のために何かをしたいな」と思うようになって、そのための行動を取ったとき。そして、その行動の結果が現れたとき。
そのときはきっと、「自分のために働く」よりもっとたくさんの充実感を得られるのではないでしょうか。
先ほどは「普遍的な幸せとは、ちょっとした欲求が満たされるなどの小さな積み重ね」とお話しましたが、「誰かの役に立てること」は、その人の更に大きな幸せに繋がると、私は考えます。
──とても素敵な考え方だと思います。
最後に、ちえこさんが働くうえで一番大切にしていることについて、教えていただけますか?
「どんな状況でも、楽しむようにすること」ですかね。
同じような経験をされた方もきっと多いと思いますが、結婚や出産の際に様々な制約もあって、「こうするしかないんだな」という気持ちになったこともありました。
ですが、その「こうするしかない」という状況でも、視点を変えてみることで意外にまだいくつかの選択肢があったりするんです。
選択肢が見つかったら、自分にとって一番楽しめそうと思えるものを選んでみる。そうすると、これまで見えていなかった新しい世界が開けたりもします。
大切にしているのは、楽しむことを忘れずにいること。そして、そのための「新しい選択」を、受け入れてみること。
──ここに関しては、「誰かのため」というよりも、「私のため」、ですね笑。